『死体の晩餐―動物の権利と菜食の理由』読了。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
カプラン, ヘルムート・F.
哲学者、作家。1952年生まれ、哲学・心理学専攻(哲学修士、哲学博士)、動物の権利運動の先駆者の一人。彼の著作の数々は、動物の権利についての思想をドイツ語圏の人々に紹介することに大いに貢献した。また、彼が多くの記事を雑誌に寄せたことで、動物の権利に関してのデリケートな疑問や問題が以前よりずっと取り上げられるようになった。Rowohit社から刊行された"Leichenschmaus-Ethische Grunde fur eine vegetarische Ernahrung"によって広く認められる。
ニトライ 陽子
昭和49年大分県大分市生まれ。子供の頃からヨーロッパ文化・言語に関心を持ち、高校卒業後、福岡大学人文学部ドイツ語学科に入学。卒業後ドイツへ渡り、ハイデルベルク大学で4年間学ぶ。帰国後、地元で約3年間働いた後、本格的に翻訳・通訳の勉強がしたく上京、東京ゲーテインスティテュートで学ぶ。
田辺 リューディア
南ドイツ出身。ハイデルベルク大学でドイツ文学、音楽学、日本学を学ぶ。1991年慶応大学に留学のため来日。現在東京ドイツ文化センター常勤講師。2004年より動物の権利グループSASA(Small Animals Support Association)Japan代表。ドイツ動物倫理協会(Arbeitskreis Tierrechte & Ethik,A.K.T.E.)会員。美術関係他翻訳多数。
まきぼう
法政大学社会学部卒。某地銀にて十年間の営業担当を経て退職。現在は夫と愛猫三匹とともに野良猫保護に精を出し、HPにて動物愛護やペットフードの安全性についてなどの啓蒙活動を続ける。
目次
訳者まえがき -- 田辺リューディア
著者まえがき -- 後もどりはできない
第1部 人間と動物の哲学
1. 菜食主義の哲学
歴史的な転換
平等の原理
人種差別と性差別
種差別
菜食主義
弱肉強食の矛盾
2. 動物たちの気持ち
痛み
苦しみ
知性
道徳的な行動
三つの保留点
動物保護者は感情的でないほうが望ましい?
3. 感情移入と仲間意識
人生の基礎としての感情移入
行動の基礎としての感情移入
種先験的な現象としての感情移入
種差別の克服
苦しむ者との仲間意識
環境保護と動物保護
4. 肉食 -- 必要、狂気、犯罪?
実際の屠殺の不合理
人道的屠殺のメルヘン
人種差別、性差別と種差別の関連
人間の尊厳と動物の権利
動物権利運動の基礎
動物解放への戦略的な考え
動物実験と環境保護
動物実験反対は矛盾している?
人間の卑劣さと暴力
死ぬために生まれた
倫理的であることは健康によいことか
要求の限度
道徳的な要求
幸福と道徳
第2部 肉食の罪
人間の動物に対する裏切り
1. 動物はいつも友好的です
2. わたしたちは動物へ奉仕と援助をとことん要求します
3. わたしたちは動物を平気で搾取し、容赦なく死の拷問にかけます
唯一の害獣
人間の食物と動物の権利
リビングルームに横たわる死体
調理、芸術、性質
魚の苦しみ
動物たちが見る悪夢
強者の権利
害獣
第3部 なぜ菜食なのですか -- 一問一答
Q. 人間のことを優先して考えるべきではないでしょうか?
Q. 人間は生物学的には菜食主義ではありません。
Q. 人間は肉を必要とします。
Q. いかにして動物が苦しんでいることを知るのでしょう?
Q. どうして動物が苦しまないことがわかる?
Q. 動物を苦痛なしに育てて殺すことはできませんか?
Q. 動物も肉を食べますが。
Q. わたしだけが努力しても何も変わりません。
用語解説
[食料][環境][健康][進化][類似性][感情移入][倫理][平和]
訳者あとがき
著者紹介
参考文献一覧
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最初のページより、引用します。
どの真実でも、認められるまえにまず嘲笑の対象になる運命だ。
アルベルト・シュバイツァー
人間が動物の殺害を繰り返す限り、この地上で戦争が消えることはない。
ジョージ・バーナード・ショー
屠殺場がなくならない限り、戦場もなくならない。
レオ・トルストイ
国の偉大さ、道徳的発展は、その国における動物の扱い方で分かる。
マハトマ・ガンジー
動物を殺すことが人間を殺すことと同じように犯罪としてみなされる日がいずれ来るだろう。
レオナルド・ダ・ヴィンチ
---(引用終わり)---
残念ながら、訳があまり良くないと思います。
違和感を覚える箇所がありましたし、文体によっては嫌悪感を感じる箇所もありました。
翻訳者の感性と私の感性が違ったから、だけではないような気がしました。
もうちょっとbrush upする必要があるような・・・。
それにしても、恐ろしい本を読んでしまいました。
もう本当に、二度と肉は食べられなくなった気がします。
屠殺の方法や屠殺場の描写の部分を読んでいるときは吐き気と眩暈を感じました。
私は、動物が好きです。
柴犬やセキセイインコに愛情を感じながら生きてきたのに、どうして牛や豚や鶏を平気で食べてきたのでしょうか。
動物にも感情や愛情があることを知っているのに、目の前にある「肉」が以前はどういうものだったのかということに目をつぶってきたのです。
今まで喜んで食べてきたのは、「美味しいお肉」ではなくて、元は感情を持って痛みも感じることのできた動物達の「死体」だったことをはっきり感じました。
I think I have passed the point of no return....
動物保護運動者と動物権利運動者の対立に対して、どう感じるかということを問うために、著者がしている例え話を引用します。(Pgs. 116-117.)
---(ここから)---
ある日、地球が宇宙人に侵略されました。宇宙人は強く、人間が動物にしてきたような、力と考え方と味覚があります。宇宙人は人間をみつけて食べてみて、これは宇宙人のために生まれた肉だと思います。宇宙人の神様も、宇宙人の世論も、人間は美味いからぜひ食べるべきだと主張します。
地球にはみるまにたくさんの人間牧場と屠殺場が建設されます。人間は牧場で、身動きもできない狭い檻に閉じ込められて、一生日の光を浴びることもなく、ベルトコンベアで運ばれるエサを食べさせられ、体に試験管をつっこまれて勝手に交配されて子どもを増やされ、体もプライドもズタズタにされて生き延びます。生まれた子どもは柔らかいので、特選食品として真空パックされます。
そして屠殺場へ輸送されます。椅子すらもなしでトラックに積まれ、水もエサもなしで何日も揺られます。夏の猛暑、冬の極寒でも待遇は一緒です。やっとたどり着いた屠殺場は、人間の血の匂いに満ちています。パニックで逃げようとすれば、宇宙人に殴られ、電気棒でぶたれます。母親は子を守ろうとして、死に物狂いで命乞いをします。けれど、すべては無駄です。母親の目の前で子どもが首を落とされて、そして母親自身も殺されます。
(後略)
---(ここまで)---
Helmut F. Kaplan氏のホームページ(ドイツ語)はこちら。
http://www.tierrechte-kaplan.org/