『世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え』読了。
このタイミングでこの本を読むことが出来て、ラッキーだったと思う。
<メモ memo 引用>
P. 015
心の静寂を失うと、「本当の自分」とのつながりを失ってしまいます。
「本当の自分」とのつながりを失うと、この世界で「迷子」になってしまいます。
P. 016
「本当の自分」ーーー。すべての人の奥深にあるこの感覚は、「静寂な心」と切り離すことができません。「本当の自分」こそが、名前や形を超えた、あなたの本質です。
P. 018
簡単にいうなら、わたしたちは、「人間」という形態をまとった純粋な「意識」なのです。
P.021
あなたは静寂があることに気づいています。でも、決して静寂について考えているわけではありません。
P. 022
「いま、この瞬間」をありのままに100パーセント受け入れるときはいつでも、あなたは静止しています。あなたは平和の中にいるのです。
P. 025
「静止の空間」。これこそが、創造性が誕生し、問題の解決策が見つかる場所なのです。
P. 026
静止とは、叡智そのものです。それは、万物が生まれくる、形態の奥に横たわる意識です。
P. 029
意識こそが、あらゆる銀がのエッセンスであり、草花の、木々の、鳥たちの、ありとあらゆる形態のエッセンスなのです。
P. 030
静止だけが、この世界で唯一、形のないものです。とはいうものの、静止は厳密にいうと「もの」ではありませんし、この世に属するわけでもありません。
P. 032
叡智は静止することによって、身につけることができます。なにはともあれ、見つめてください。耳を澄ませてください。それ以上、なにも要りません。
P. 037
古代の教えにおいては、それは「人間の中のキリスト」、あるいは、仏性(仏陀の性質)と呼ばれています。
P. 042
いかなるドグマ(教理)も、それが、宗教上のものであれ、政治上のものであれ、科学的なものであれ、言葉によって真実を言い表すことができるという誤解から生まれたものに過ぎません。
P. 045
ドグマとは、集合的な観念の牢獄です。そして、とても奇妙なことに、人間は自らの牢獄を愛しているのです。
P. 052
「知らないでいること」に心地よさを覚えてください。そうすることによって、思考を超越することができます。
P. 067
自分の心の状態を「観察する人」になってください。とりたてて何も「する」必要はありません。「気づく」だけで十分です。気づきによって、変容と自由がやって来るのですから。
P. 073
「自己がなければ、問題もなし」。仏教の奥義を問われたマスターは、こう答えたそうです。
P. 079
なにが起ころうと、あなたの人生がどんなに変わろうと、唯一たしかなこと、それは常に「いま」です。
P. 080
「いま、この瞬間」と友達になると、どこにいようと、あなたは「我が家」にいるような、平和な気分でいられます。
P. 081-082
「いまに意識を集中させる」ということは、「人生ですべきことを、なおざりにしてかまわない」という意味ではありません。あくまでも、なにが重要かを認識することです。そうすれば、リラックスして、副次的なものに取り組むことができます。これは、決して、刹那的な生き方を指すのではありません。「もう物事に取り組むのはやめました。『いま』さえ良ければ、それでいいんです」。そうではなく、まず、なにを優先すべきかを見つけるのです。そのうえで、「いま」を自分の敵にまわすのではなく、友とするのです。「いま」を認識してください。「いま」を貴んでください。「いま」が人生の基盤となり、最重要のフォーカスとなるなら、人生は平和に展開してゆくでしょう。
P. 083
「現在」「過去」「未来」という区別は、人間の思考による発明品であり、究極的には、幻に過ぎません。過去と未来は思考の産物であり、知的な観念です。
P. 087
ほとんど誰もが、未来に焦点を当てて人生の大半を生きています。けれども、未来でさえ、現在という形態以外では、決して訪れることはありません。
P. 088
あらゆる形態は、「いま、この瞬間」という姿をまとった、完全なる宇宙を構成する、欠くことのできない一部なのです。
P. 090-091
ほとんどの人は、「いま、この瞬間」を「いま起こっている出来事」と錯覚しています。でも、このふたつは別のものです。「いま、この瞬間」は、そこで起こる出来事よりも、ずっと奥深いのです。「いま、この瞬間」は、出来事が起きている空間なのです。
ですから、「いま、この瞬間」を、その内容と混同してはなりません。「いま、この瞬間」は、その中で起こるどんな出来事よりも、深遠なのです。
P. 093
「本当の自分」を忘れてしまうと、怒り、混乱、憂鬱、衝突、軋轢は免れません。
P. 101
人生の状況を「調整」しても、平和を見つけることはできません。平和は、もっとも深いレベルにある「本当の自分」を認識することによって、はじめて見つけることができるのです。
P. 102
なんど輪廻転生をくり返そうと、「本当の自分」を見つけなければ、その経験も役には立ちません。
P. 105
地上の悲惨な状況はすべて、「わたし」「わたしたち」といった、ちっぽけな自己観によって生じたものです。それが、「本当の自分」というエッセンスを、おおい隠しているのです。
P. 106
真実をいうなら、わたしたちは生命を所有しているのではありません。わたしたちは生命そのものなのです。
P. 109
すなわち、「本当の自分」になるためには、時間など必要ないと気づくまで、時間が必要になってしまうのです。
P. 110
言葉を使うかぎり、幻想は避けられません。なぜなら、思考と言語は必然的に二元性をともない、独立した個人をつくってしまうからです。
P. 113
「わたしは、『本当の自分』を知りたい」。あなたはそう思うかもしれません。けれども、あなた自身が、「本当の自分」なのです。あなた自身が、すでに「知」そのものなのです。
P. 116
ほとんどの人は、「本当の自分」ではなく、欲望と恐れを原動力に生きています。
P. 124
習慣性になっているリアクション的な「ノー」は、エゴを強化します。一方、「イエス」はエゴを弱めます。エゴは、「手放すこと」「放下(ほうげ)」に耐えられないのです。
P. 132
「どうしてわたしがこんな目にあうの?」。もはやこの問いかけをしなくなったとき、「手放し」が起こります。
P. 136
人生を放っておきましょう。逆らわず、そのままにしておくのです。
P. 142
生命の存在する場所とはどこでしょうかーーー? それは、「いま、ここ」です。
P. 147
自然を静観することによって、大きなトラブルメーカーである、「わたし」という個の観念から解放されます。
P. 153
人間を通して、自然は自分自身を認識できるのです。自然は、もう何百年も前から、わたしたちを待ち続けているのです。
P. 165
情報を得ることと、魂で知ることとはまったく別個のものです。前者は形態に関わることであり、後者は形のないものです。
P. 173
あなたは、もう「台本どおり」に行動していません。「真実の自分」「ありのままの自分」なのです。
P. 175
いうまでもなく、究極的には、「他人」など存在しません。わたしたちが会っているのは常に「自分自身」なのですから。
P. 195
どのような事故にも、どのような悲劇にも、たいていの場合、本人には見えていないことが多いのですが、そこには必ずプラスの要素があるものです。
P. 196
誰かの臨終を看取る、というのは、大いなる特権であり、神聖な行為です。
死にゆく人の傍らにいるときには、その経験のどんな側面も否定してはなりません。
誰かの死について、自分にはなにもできない、という事実を受け入れるのです。
P. 205
出来事は、身体に苦痛をもたらすことはあるかもしれませんが、人間を不幸にするパワーはありません。人間を不幸にしているのは、ほかでもない、自分自身の思考なのです。
P. 208
苦しいとき、不幸なとき、完全に「いま、そうであるもの」の中に在ることです。不幸も問題も、「いま」の中では生き延びることができません。
P. 213
どんなものにもレッテルを貼るのをやめて、善悪のレベルを超越してください。レッテル貼りの習慣を超えると、宇宙のパワーがあなたを通して働き出します。
P. 216
どんな状況にも、どんな人々にも、「悪」あるいは「悲惨だ」以外に言葉が見つからないときでさえ、その奥には「まったき善」が、隠れているのです。これを奇跡を呼ばずして、なんと呼ぶでしょう?
P. 219
慢性的な身体的苦痛は、人間が持ちうるなかで、もっとも峻厳な教師の一人です。「抵抗してもムダ」。これが、その教えです。
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はまぞおさん宅へ、巨峰餅と巨峰をお届けに行ったら、梨をいただいた上にバウムクーヘンと美味しい紅茶をご馳走になってしまった。いつもありがとうございます!!!

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内容(「MARC」データベースより)
静寂はなぜ大切か? 沈黙の中から「最も大きな声」「最も偉大なメッセージ」が、そして「最も偉大な叡智」がやってくる。世界が認めたスピリチュアル・マスターが、人間の心の深遠にある「平和の次元」を明らかにする。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
トール,エックハルト
ドイツ生まれ。13歳までをドイツで過ごす。ロンドン大学卒業後、ケンブリッジ大学研究員および指導教官となる。29歳の時、その後の人生を180度転換させる劇的な霊的体験をする。以後数年間は、この時の体験を理解し、深め、知識として統合するための研究に費やす。現在は講演家として世界各地を巡り、人々にメッセージ=「苦しみから平和へいたる道」を伝えている。1996年よりヴァンクーバー(カナダ)在住。
あさり みちこ
青森県弘前市生まれ。翻訳家。1993年よりカナダに在住。以後、現地発行紙記者として活動するほか、政府刊行物、法律文書など幅広い翻訳に携わる。一時拠点を弘前に戻し、癒し、精神成長、健康に役立つ書の発掘とその翻訳を中心に活動していたが、2005年より再びカナダへ。
Stillness Speaks (Walker Large Print Books)
Eckhart Tolle
